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2008年9月11日

コメ農家の安心確保に全力(H20.9.11)

9月11日の農業基本政策委員会(西川公也委員長)。平成20年産米の農家への仮払い金が、全国的に12000~14000円に設定されたとの報告があった。これは、同委員会における私の発言(8月4日、写真は日本農業新聞記事)を踏まえたもの。ただ、米価安定のためには、政治としての不断の努力が必要で、この日も、党としての決議の必要性や豊作貧乏に陥らないための対策を提言。さらに12日、西川委員長から、農業基本政策委員会主査への就任要請があった。今後私は、自給率向上対策・コメ政策の中枢を担うことになる。

2008年9月7日

国民・地方が共感できる経済対策を~政調全体会議・総務部会で持論を展開

地方6団体代表を前に国民・地方重視を力説

9月1日、福田総理の突然の辞意表明を受け、政局は、にわかにあわただしくなってきた。
私自身、先のコラムでも述べた通り、8月下旬に、国会対策副委員長をお引き受けし、私なりに、この臨時国会の運営について策を巡らせていただけに、今回の辞任表明には、正直、「もう少し頑張って頂きたかった」という残念な思いはある。
総裁選についての見解は、又のコラムで書くとして、今日は、総裁選挙でも争点となるであろう総合経済対策や景気対策の在り方について、私が、現在、どのような主張をし、実現に移そうとしているかということを書いてみたい。
今、正直いって、油も高い、生活必需品の物価も高い、でも給料は上がらない、多くの国民が、将来に対する不安を抱えている。
もとより、その直接の理由は、わが国ではなく、米国のサブプライムローン問題に端を発した海外ファンドの原油先物・穀物先物市場への投機にあるのだが、原油・穀物価格高騰の悪影響は、資源のないわが国が被り、国民生活には不安が募る。
だから今、緊急経済対策の議論が行われているわけだが、私は、その中で、国民・地方の共感をどのように得ていくかという点が、重要なポイントと考えている。(痛みの共有が必要~国会議員・国家公務員の緊急給与カットを)

2008年9月3日

私たちの年金を守るために(H20.9.3)

9月3日、私が座長を務める社会保険庁ヤミ専従問題対策プロジェクトチームを開催。社会保険庁から、処分状況の報告等を受ける。案の定というか。社会保険庁は、あからさまに身内に甘い。仕事もしていない職員に対し、税金から給与を支払っていたり、給与記録を偽造していた人達が、今でも社会保険事務局の幹部に居座っているからだ。彼らにとっては、自民党が総裁選でそれどころでなければ、まあもっけの幸いかも知れないが、私はそんなことはさせない。この日、毎週会議を開き、ダメ役人には確実にお引き取り願うことを宣言。

2008年9月3日

国民・地方が共感できる経済対策を(H20.9.3)

福田総理は、突然の辞任を表明したが、国民にとって、原油・穀物・資材の高騰に対処するための経済対策は待ったなしだ。ただ、この対策は、国民や地方の共感を得るものでなければならない。だからこそ私は、国会議員・国家公務員の給与をカットして国民と痛みを分かち合うと共に、経済対策における地方への財政支援を主張してきた。後者については、この日、何とか260億円の地方交付税増額を確保することが出来た。写真は、8月28日、総務部会において、地方6団体に対し、中間経過を報告する葉梨康弘(地方財政・公務員給与担当の総務部会長代理)。

2008年9月1日

再び与野党激突の最前線に~特別枠の国会対策副委員長に就く

福田総理、小坂議運委長、私。国対委員会室にて。

内閣改造も終わり、自民党の役員人事も、お盆前には、副幹事長、政務調査会副会長、国会対策副委員長等の新体制が決まった。
私はこれまで1年間、国会対策副委員長を務めてきたが、与野党激突の最前線でやりがいはあるものの、いかんせん拘束時間が長い。
このため、この臨時国会では、再任は希望せず、
○社保庁ヤミ専従問題対策PT座長として、社保庁を大掃除
○総務部会長代理として国家公務員の給与改革に挑戦
○配合飼料高騰対策PT座長を務める農林関係議員として米価安定等を実現
などの仕事に取り組みつつ、地元の活動を強化するつもりでいた。

2008年8月31日

憲法タウンミーティングin鳥取(H20.8.31)

8月31日、日本青年会議所鳥取ブロック協議会に招請され(日帰り)、「憲法タウンミーティング」のパネリストとなる。会場は鳥取県中部の琴浦町、約250人を集め、約2時間のパネルディスカッションを行う。私からは、従来の論点に加え、「過去、多くの難局に直面したとき、若者は、生活の諸問題に加え、国の姿、すなわち『維新』を語ってきた。今、油や食糧のことを語るのも勿論重要だが、21世紀の荒波の中で生きていける国の姿・憲法のあり方について、民主党の反対で、国会で議論できないでいることは、大きな問題である。」ことを訴えた。

2008年8月30日

川口順子元外務大臣を迎える(H20.8.30)

8月30日は、自民党阿見支部総会に、川口順子元外務大臣を招き、講演会を開催。川口元大臣(参議院議員)からは、民主党が参議院で第1党になったとたん、いかに非常識なわがままを、まさに「数の暴力」で押し通しているか、具体的な話があった。政権交代があっても、日本の国が滅亡しないようにするには、今の民主党には、もっと大人になってもらわなければならない。

2008年8月27日

駅頭で政策を訴える(H20.8.27)

お盆の期間中は、支援者のご家庭のお参りで、地元を歩かせていただいた。世界的な原油高騰、穀物価格の上昇等の影響で、多くの国民の間に、生活への不安が広がっていることを改めて実感する。このような不透明感を払拭するためにも、政治・行政がしっかりけじめをつけ、国民とともに困難に立ち向かうことが大切だ。お盆も明け、国会開会まで、街頭での訴えを再開。この日、早朝の駅頭で、私が現在、社会保険庁ヤミ専従問題PTの座長として、社会保険庁のケジメ、大掃除に取り組んでいることを訴える。

2008年8月7日

もっとインドネシアに注目しよう~中国・インドに劣らぬ真のパートナー

ユドヨノ・インドネシア大統領とも会談

この7月、私は、山崎拓・日本インドネシア友好議員連盟会長を団長とする衆議院インドネシア訪問議員団(5名)の一員として、ジャカルタで開催された日本インドネシア政治家間対話セミナーに参加してきた。
訪問日程は、23日の昼に成田発、夜当地着。24日午前に副大統領と会談、午後はセミナー。25日午前に在留邦人と懇談、午後は大統領と会談、その日の深夜に当地発。26日早朝成田着というあわただしい日程だった。
私自身、94年から97年まで、ジャカルタの日本大使館に勤務していたご縁で、議連の事務局次長を務め、今回の訪問団に加わったわけだが、この日程では、当時のことを懐かしむ時間もなかった。
ただ、今回の訪問で、改めて、インドネシアが、わが国にとって、中国やインドに劣らない重要なパートナーであることを痛感した。中印の台頭が言われる中、わが国の国益のためにも、政治・経済の両面で、インドネシアと、より強固な関係を築くことが極めて重要だ。インドネシアというと、わが国では、スマトラ沖や中部ジャワの地震のニュースだとか、イスラム国家ゆえのテロのニュースだとかが報道されることが多いようだが、報道と実態とは、相当異なる。
この数年、社会的な安定を確実に取り戻しつつあるし、何よりも、インドネシアは、紛れもなく、東南アジアの大国だ。

2008年7月25日

ユドヨノ大統領との会談(H20.7.25)

前日の4時間に及ぶセミナーの後、25日午前中は在留邦人等との懇談、午後はユドヨノ大統領と会談。私からは、14年前の大使館1等書記官当時、APEC首脳会議の警備の依頼で、当時ジャカルタ軍管区副司令官だったユドヨノ大統領にお会いしたことを申し上げ、インドネシアが、その後の経済危機や災害を乗り越え、安定を勝ち取りつつあることに敬意を表明。大統領も、APEC首脳会議当時の思い出話で応じ、さらに、国連安保理改革問題や朝鮮半島問題で、日本の姿勢に深い理解を示すなど、会談は非常に友好的に行われた。なお、帰国はこの日の夜の便という強行日程だった。