「食糧安全保障」哲学の確立を~国連食糧農業機関ディウフ事務局長に要請

2006-7-9

国連食糧農業機関事務局長と会談

7月7日の衆議院議員会館。
来日中の国連食糧農業機関(FAO)ディウフ事務局長(西アフリカのセネガル出身。国会議員、国連大使等を歴任。国連本部事務次長相当。)の訪問を受け、約1時間にわたって会談した。
彼の訪日目的は、わが国の政府・与党要人などとの、WTO(世界貿易機関)農業交渉や食糧安全保障問題についての意見交換だ。
このFAO、国連加盟国190カ国中約3分の2を占める発展途上国の農政の意思決定部局に、大きな影響力を有している。
実は今、WTO(世界貿易機関)ドーハラウンドの農業交渉が行われている。
アメリカ、ブラジルなどの農産物輸出国側が、経済原則の農業分野での徹底を主張、日本やEUなどに、もっと穀物を買えと迫る。
そんなこと言われたって、わが国では、コメの消費は年々減っており、強制的に買うなら税金を使うしかない。

一方アメリカは、このような要求を行う反面、自国の農産物について多額の輸出補助金を設定、これが、発展途上国の国内農業を壊滅させかねないとして、大変な顰蹙を買っている。
だからこそ、わが国の食糧安全保障を考える上では、途上国陣営との認識を一致させていくことが極めて重要だ。ディウフ事務局長訪日に当っては、タイトな日程の中、先方から、「是非、将来の日本農政を担う若手議員との会談をセットして欲しい」との要請があり、私に白羽の矢が当たった。
私は、1994年から97年まで、在インドネシア日本国大使館で勤務した経験から、途上国におけるFAOのプレゼンスの大きさを肌で感じていたため、その申し出を快諾した。

会談の冒頭、ディウフ事務局長から、アジア・アフリカ諸国における灌漑などの農業基盤整備に対するわが国の協力に対し、謝辞が述べられた。
これに対し、私から、日本が途上国の農業基盤整備に熱心な理由の一つとして、戦後の農地解放などの農政改革による主食の生産基盤を確立が、わが国に政治的安定をもたらし、さらに、経済発展の基礎となったという「歴史的記憶」があることを指摘した上、アジア・アフリカ諸国の農業の歴史に関する私の考え方を述べさせていただいた。

もともと、アジア・アフリカ諸国は、コメ、コムギ、キャッサバなど、豊かな食糧生産に恵まれていた。
ただそれが、植民地時代には、コーヒー、カカオ、綿花など、特定の商品作物に特化する、いわゆる「モノカルチャー」経済が主流となり、「主要食糧の生産基盤安定と国内市場の確立」は、脇に追いやられ、環境の破壊も進んでしまう。
そして、「アフリカの年」と言われ、多くのアジア・アフリカ諸国が独立した1960年以降も、モノカルチャー経済の主軸をなした大土地所有制度への不満が、これらの諸国における政情不安の引き金となってきた面がある。
だから、各国程度の差こそあれ、農地制度の問題に真剣に取り組んできたわけだ。
加えて、独立した以上、国民に食わせていかなければならない。
1960年代に進行した、いわゆる「緑の革命」は、高収量品種の導入などにより、主要食糧の増産を可能にする契機となった。
これらの努力により、ようやく、政治的安定を得、経済的離陸の基礎的条件を備える途上国も出てくることになる。
例えば、私が暮らしたインドネシアでは、スハルト政権下の1984年にコメの自給を達成、途端に開発が加速することになった。
こうして考えると、わが国としても、このような途上国の農業基盤整備への協力は、極めて大切なことと思う。

このような歴史は、戦後わが国の農政改革と、ある程度パラレルに考えることができる。
国際的な商品作物市場の原理とは別に、国内において、伝統的作物(主要食糧など)が安定的に供給・消費される独自の市場を持つことが、その国の政治的安定と経済発展に寄与してきたわけだ。
だから、「食糧安全保障の確立」の問題は、非常時における国民の食糧確保という文脈だけでなく、伝統的作物の生産基盤の確保による、政治・経済・環境・文化の安寧という文脈でも語られなければならないのではないかと、私は思っている。
そして、このような哲学は、やはり確立されなければならない。

この日の会談では、これらの諸点について、ディウフ事務局長から、私と全く同じ認識である旨の発言があった。
その発言を受け、私から、「WTO(世界貿易機関)の交渉において、全ての農産品について同様の経済学的原理を適用すべきという(アメリカの)主張には首肯できない。FAOとしても、食糧安全保障確保の観点から、いわゆる商品作物と、それぞれの国の文化的・伝統的作物とは、経済学的取り扱いは異にすべきであるというコンセンサスを、アジア・アフリカ諸国に広げていただきたい。」と要請し、ディウフ事務局長も、「そのような食糧安全保障の考え方を広げていきたい」と応じた。

多少外交官的な用語を使ったが、この会談は、世界の食糧市場に影響力を拡大しようとするアメリカに、日本と途上国の陣営が一致して対抗するための力になったのではないかと思う。
これからも、こうした国際連携、しっかりと進めていきたい。