憲法改正シンポ~民主党・枝野憲法調査会長、社民党・福島党首と激論

2006-7-30

憲法改正問題で枝野・福島両氏と激論

7月27日、国会議事堂に隣接する憲政記念館で、尾崎行雄記念財団の特別シンポジウム「今、憲法を問う-憲法改正と日本のゆくえ」が開催された。
コーディネーターは早野透・朝日新聞コラムニスト、パネリストは、枝野幸男・民主党憲法調査会長、福島瑞穂・社民党党首、そして、自民党から私というメンバー。
シンポジウムの案内は、「憲法問題の第1人者である国会議員を迎え、徹底的に討論します」という触れ込みだったが、実際に、約2時間にわたり、激論が展開された。
私は、明文改憲論者であるが、このHPでも立場を鮮明にしているように、現行憲法には拡張解釈の余地がありすぎることを懸念し、いわゆる「ハト派的改憲」を主唱している。
福島党首などからすれば、多少肩すかしを食らった印象を持ったかも知れないが、この日は、結構本質を突いた討論ができたと思う。まず、憲法改正に何を求めるかという議論。
私にとって、それは、「歯止め」だと思う。

例えば問題の9条、現行憲法は、1項で戦争の放棄を、2項で戦力の不保持を定めていると言われている。
ただ、憲法を良く知っている人ならば、第1項は、1928年のパリ不戦条約(米国も締約国)の直訳で、法解釈としては、侵略戦争を放棄したものでしかないことは明らかだ。
さらに、いわゆる「芦田修正」(後述)絶対論者の中には、2項によっても、自衛のための戦力は保持できると解釈する向きもある。
しかも、「集団的自衛権」(同盟国が困ったときは助けてあげる)については、憲法の政府としての有権解釈を担う内閣法制局ですら、「わが国は現行憲法でも、集団的自衛権を持っているが、9条1項及び2項の醸し出す雰囲気から行使できない。」という、法律論的には、極めて曖昧、かつ、脆弱な解釈をとっている。
だから、時の政権の考え方によっては、集団的自衛権の行使容認に踏み出すことも、十分に考えられる。
しかし、それをどの限度で行使すればよいのか、今、憲法上の「歯止め」はない。
解釈改憲後の現行憲法は、とてつもなく危険な憲法になりかねないわけだ。

憲法である以上、「歯止め」を明記することが必要だ。
必要最小限度の軍事力としての自衛隊の存在、わが国の独立や国民の安全に密接に関わる範囲での集団的自衛権、武力行使に謙抑的な国際貢献活動など、私は、素直な歯止めを、憲法上も明文化することが重要と思う。

もっとも、昨年11月に発表された自民党の新憲法草案、その「歯止め」は、私の目から見ても、「法律」に白紙委任しすぎているきらいはある。
先に述べたように、私個人としては、例えば、「自衛隊の装備」は「自衛のために必要なものとすること」、「集団的自衛権の行使」は「自国の独立や自国民の安全に密接に関わる範囲とすること」、「国際貢献」は「積極的に行うものの、武力の行使はまさに最後の手段とすべきこと」などといった、素直な平和主義を、表現はこれから精査するとしても、憲法上明記すべきではないかと思っている。

この日、福島党首は、自民党案が、安全保障について、余りに法律に白紙委任しすぎていると、厳しく批判された。
これに対し、私からは、自民党の中にも、私をはじめ「憲法上明文で抑制原理を書くべき」という主張があったことに触れ、その上で、党内でも、今後の憲法論議とあわせて法律の内容を明らかにしていこうとなったこと、その中で、「そいういう事項だったら憲法上明記すべき」といった議論は当然出てくるという意見のあったことを紹介しつつ、野党の皆さんにも、まさに、一緒に論議を深めていこうと応じた。

さて、ことの根っこには、本当に「護憲一辺倒」で大丈夫なのかという問題がある。
わが国の憲法は、明文で「戦力不保持」をうたっているにもかかわらず、いわゆる「芦田修生(9条第1項が主として侵略戦争の放棄を定めていることを前提に、戦力不保持を定める第2項の冒頭に、『前項の目的を達するため』という文言を挿入した修正)」などを論拠に、世界有数の軍事力である自衛隊を、共産党は別として、社民党を含む主要政党が「合憲」と判断してしまった時点から、法律の文章としての規範性を失ってしまったと私は考えている。

だから私は、この日、社民党の福島党首に、
「憲法の法律としての規範性(タガ)を喪失させた一端の責任は、(村山政権で一夜にして自衛隊合憲に転じた)社民党にもあるのではないか。」
「(護憲、護憲といわれるが)今後の解釈改憲の危険性も考え、社民党が、もし『非武装中立』を主張するのであれば、社民党こそが改憲派に転じ、『芦田修生削除』の改憲案を提示されてはいかがか。」
といった、多少挑発的な発言をさせていただいた。

私は、憲法の改正は、わが国を、(いつかは暴発して何をしでかすか分からない)曖昧な平和主義国家から、国際的に理解可能な明確な平和主義国家に生まれ変わらすために、絶対に必要な作業と考えている。
もとより党派により考え方が違うのは当然のことだ。
しかし、この問題、是非、民主党のみならず、社民党の皆さんとも、一緒に議論していきたいものだ。