いわゆる「セシウム汚染牛」問題と国の責任~現在の政治・行政はたるんでいないか

2011-7-20

原発・食品いろいろな会話を糧にしていきたい

地域で活動していると、原発の問題、食の安全の問題等々、いろいろなお尋ねを受けることがある。
そして、お子様をお持ちのお母様方は、学校の校庭での放射線量や、食品に含まれる放射性物質の問題に、特に敏感だ。
そんな中、7月8日、福島県南相馬市の畜産農家から出荷された和牛から、規制値を超える放射性セシウムが検出されたことが判明、食の安全・安心を大きく揺るがすとともに、日本の畜産業の行く末に暗い影を落としかねない事態となっている。
私は、自民党が政権与党時代、畜産・酪農対策小委員長を3年間務め、畜産と食の安全問題には、相当の思いがある。
そして、私の経験に照らすと、今回の問題は、現在の政治や行政が、緊張感を持って、当然とるべき行動をとっていれば、十分に防ぐことができることができたものと考えている。(肥育牛の餌で放射能汚染が心配なのは「稲わら」)
国産和牛(その8割超が黒毛和種)は、言うまでもなく、高級食材で、3年間ほどの肥育課程を経た和牛は、1頭500万円程度で取引される。
例えば福島牛の場合、牛たちに、原発に近い福島の牧場の草を食べさせているかのような印象があるが、これは誤りだ。

肥育段階の牛が草を食べると、肉にサシが入りにくくなったり、脂肪が黄色くなることもあるので、和牛の場合、福島でも和牛に福島の草を与えることはほとんどない(オーストラリア牛も、かつては牧草で肥育していたが、最近では、日本向け輸出のため穀物肥育の比重を増やしているとのことだ。)
では、和牛たちは何を食べ、飲んでいるかというと、「配合飼料」と「水」、そして「粗飼料」だ。
「配合飼料」は、主にアメリカから輸入されたトウモロコシ等を原料とし、日本の飼料工場で配合・袋詰めの上出荷される。価格も高く、湿気を嫌うため、畜産農家では、屋内の倉庫で保管される。
次に「水」だが、定期的に検査され、安全性の確認された水道水だけでなく、井戸水を飲んでいる分には心配はない。土壌に含まれてしまった放射性物質が、地下の岩盤を通り抜けて地下水脈に到達することは、ほとんど考えられないからだ。

残る可能性は「粗飼料」。
牛は、豚や鶏と異なり、草(セルロース)をエネルギーや肉に変えることができる。
わが国の肥育農家は、伝統的に、「稲わら」を和牛に与え、霜降り肉をつくる技術を培ってきた。
このほか、輸入した乾燥牧草で栄養価の高いものを与えることもあるが、多くの肉牛肥育農家は、粗飼料として稲わら以外を給餌することを嫌うという。
そして、私が畜産・酪農対策小委員長を務めていた当時、まずは国産「稲わら」を牛の餌とする施策に取り組んできた。
おそらく、多くの方は、「稲わら」など、近くの水稲農家からいただけば良いと思うかも知れないが、2004年に中国で口蹄疫が発生し、稲わらが一時輸入停止になるまで、中国産稲わらが、広く流通していた。
農水省の調べでは、2002年の肉牛肥育農家の粗飼料(主に稲わら)使用量のうち77%が輸入で、その多くが中国からのものだったという。
国産稲わらの生産量が減少したのは、高齢化等で稲わら乾燥の手間を厭う農家が増えたことなどが理由だった。
そこで、畜産酪農対策小委員長だった私は、多くの同志や心ある官僚の皆さんと語り合い、
○若手の大規模な農家等に稲わらの生産をお願いする
○畜産農家に糞尿を堆肥化させ、稲わらと交換するシステムを作る
○稲わらを府県を超えて流通させるシステムを作る
といった施策を展開、稲わらの自給率向上に取り組み、ほぼ100%達成の実現に成功した。

さて、このように、現在、粗飼料としての「稲わら」は、府県を超えて流通している。
ただ、稲わらの収穫は基本的には秋で、土壌から放射性物質を吸収するとは考えにくいが、野積みにされて雨を吸えば、福島原発の事故後、地域によっては、「汚染稲わら」が大量に発生することは、容易に予見できたはずだ。
何故対応をとらなかったのか。

(3月21日の雨と対応のひどさ)
福島第1原発の水素爆発から間もない3月21日、東日本で広範囲で降雨を観測した。
その後、利根川水系から取水する東京都金町浄水場で1㍑当たり300ベクレルを超える放射性物質を検出、首都圏は一時パニックに陥った。
降雨が原因であることは素人にも分かる。
その雨を吸った食べ物を人間が食べては極めて問題だし、同じように、その雨(その後のものも含む。)を吸った餌を、動物に食べさせてはならないのは当然だと思う。
決して後知恵ではない。やはり政府は、この時点で、「東北・関東甲信越地域で、雨を吸った稲わらを牛に給餌しないように」という通知を発しておかなければならなかった。
ところが、国は、降雨に先立つ3月19日、原発から30㌔県内の畜産農家に、「屋外保管の餌は与えないように」と指示したのみで、その後は全く無関心。
屋外保管の餌(稲わら・牧草等)の放射能汚染の危険性を認識していたにもかかわらず、降雨・水道水汚染・土壌汚染が確認された時点でも、何の対応をもとらない。
これは明らかな「不作為」による損害拡大ではないか。
政治・行政はまさに素人集団に成り下がってしまったようだ。

(使命感と緊張感のない政治が日本を滅ぼす)
政府は、7月19日、福島県産の肉牛について、出荷停止措置を発令した。
ただ、これまで述べてきたように、福島で肥育された牛だからといって、放射能汚染の可能性が高いわけではない。
水稲農家で野積みされた稲わらは府県を超えて流通し、畜産農家段階でも、福島県以外でも、関東甲信越地域なら、稲わらが野積みされていれば放射性物質を含む雨水を吸い込んでしまう。
要は、餌の保管状況の問題だ。
福島県でも、稲わらを屋内で管理していた農家もいれば、県外でも、屋外に野積みにしていた農家があったということだ。
その意味で今回の政府の措置は、福島に厳しく、他の県には甘い。
でもこのような中途半端な措置では、今後ますます問題が出てこよう。
今回話題にした「稲わら」について言えば、3月11日以降、屋内に保管されていたり、屋外に置かれていたとしても、多分、撥水性のラップでラッピングされていれば、雨水を吸い込むことはない。
だとすれば、政府は、福島県内であっても、しっかりした「稲わら」管理の行われていた和牛まで出荷停止措置を行うのではなく、放射能汚染の起こりえない農家の出荷した牛には、菅直人氏でも良い(個人的には余り好きではないけれども)、総理が牛のステーキでも食べている「安全マーク」か何かを配布して、絶対安全をアピールすべきではないだろうか。
事態の悪化を食い止めるための仕事もせず、知恵も出さず、問題が起こったら、正直な農家が作った安全な産品も出荷停止。
これを誰が補償するのだろうか。
政府は、補償を東電任せにするのでなく、大いに責任を感じねばならない。
今回の汚染牛の事件、粗飼料としての「稲わら」の自給に向けたこれまでの取り組みを勉強した上、現場での餌の保管状況等を知り、疾病対策などの危機対応に目を配る、故山中貞則先生のような、「まともな政治家」がその掌に当たり、官僚を指導していれば、問題は未然に防げたはずだ。
今のような、使命感と緊張感のない政治は、日本を滅ぼす。