都会と田舎の交流の勧め~新たなライフスタイルづくりを目指して

2006-5-20

委員会の今後の方向性を提示

5月18日の「都市と農山漁村の共生対流調査会」。
私は、ニューコミュニティー委員長として、今後の検討の方向を示した。
今、日本では、「大都市の再生」が言われる一方、「農山漁村」は、急激な人口減に見まわれ、その消滅の危険性も叫ばれている。
ただ、考えてみれば、欧州諸都市の成り立ちとは違い、わが国の都市住民の多くは、もとをたどれば、農山漁村の出身。
そして、今のままでは、やがては、国民のほとんどにとっての「ふるさと」が失われていくことは必至だ。

そこで、武部農水大臣(当時・現幹事長)らの主唱で、都市と田舎を行き交う新しいライフスタイルの確立を、日本再生の切り札にしようという流れが出てきた。
平成15年には、自民党に、「都市と農山漁村の共生・対流に関する調査会」(会長、島村元文相・農相)が設けられ、私が、調査会内の「ニューコミュニティー委員会」の3代目委員長(初代・岩永元農水相、2代・宮腰現農水副大臣)に指名された。
実際、これからの時代は、「都市と田舎の交流」をキーワードに、新たなコミュニティー作りに力を入れていくことが大切だ。現在、都市・田舎を問わず、「地域コミュニティー」自身が、極めて脆弱化しつつある。
町内会、自治会、農村共同体といったコミュニティーに、今や昔日の面影はなく、地域の教育力の喪失、こども被害の凶悪犯罪の多発など招いているとも指摘されている。
私は、「都市と田舎の地域同士の交流」というツールは、このような地域コミュニティー活性化の大きなカギになり得ると考えている。
都市・農山漁村双方のコミュニティーが、相手のことを知っていくことは、実は、自らのアイデンティテイーを再認識する、すばらしい機会になるはずだ。
私たちの委員会では、国として、政治として、都市と田舎の間で、自治体単位だけでなく、例えば、町内会、自治会、小学校区単位も含めたて定期的交流を仕組むことができないかどうか、精力的に検討していこうと思う。

ここで、私が新たに提示した視点を2つ述べてみたい。

1つは、この作業が、単なる「田舎への施し」ではないということ。
この仕事は、必ずや、都市においても、脆弱化しつつあるコミュニティーの再構築につながることと思う。
だから私は、交流の主体として、農山漁村側の「受け入れる主体」に加え(従来型の発想ではこちらが主流)、都市側の「出向く主体」があることを提示した。
具体的交流のタイプとしては、双方が縁組み関係にあるタイプ(双方型)、農山漁村側主導のタイプ(受け入れ型)、都市側主導のタイプ(出向き型)に分けて、具体的なイメージを形成していこうと考えている。

2つは、都市と農山漁村との交流は、近場でもあり得るわけで、「宿泊型交流(域外)」に加えて、「日帰り型交流(域内)」も、検討の対象に加えるべきということだ。
江戸時代、大都市江戸庶民の排泄物は、近郊の農家の肥料として再利用され、江戸湾の水質は常時きれいで、江戸前寿司も盛んになったという。
このような近郊農業との共生をさらに進めれば、ドイツにおける「クラインガルテン(小庭園=近郊での市民農園)」運動にも見られるように、都市住民の生活を、より豊かなものとしていくはずだ。
特に昨今は、市町村合併の進展により、都市部の自治体が、周辺の農村等を吸収するという例も多い。
市民の統合、新たなアイデンティティーの確立のためにも、このような域内での交流は、非常に大切なことと思う。

話は変わるが、この2月、私は、自民党畜産酪農対策小委員長として、全国の畜産・酪農農家の視察をした。
そこで思ったのが、「一生懸命やっている農家は気持ちいい」ということ。
「(都市住民も含め、)誰に見られてもいい」、そういった農場は、本当に手入れが行き届いていた。

私たちが、「都市と農山漁村の共生対流」の施策を進めていくことで、農家にも、一層一生懸命になってもらい、その取り組みが、都市の住民にとっても再評価される、そんな仕掛けを仕組めれば幸いだと思う。