「格差社会問題」と再チャレンジ~「再チャレンジ支援議連」発足

2006-6-3

葉梨康弘の発言に答える安倍官房長官

6月2日の自民党本部。
90人を超える議員が参加し、「再チャレンジ支援議員連盟」(山本有二会長)が発足。
この議連は、「(次期総裁候補である)安倍晋三官房長官支持派旗揚げ」などと報道されており、マスコミの関心も高い。
私自身は、政策本位で議連に参加したが、この日、安倍官房長官からの、「再チャレンジ支援」への取り組みの説明の後、トップバッターで発言し、議論の口火を切った。
その内容は、第1に、今、「格差社会問題」が言われる中で、政治として取り得る方策は、ホリエモン・村上ファンドのような不公正な競争をなくすことに加え、やはり、「負け組」と言われる方々の再チャレンジ支援を積極的に進めることが大切ということ。
そして、第2に、さはさりながら、国民の間に、「格差の実感」が広がっていることは事実で、だからこそ、安倍官房長官には、地域・地方の実情を実地に見ていただきたいということだ。
もう少し具体的に書いてみよう。私は、この3月の韓国・朝鮮中央日報のインタビューでも述べたが(記事は、当地4月24日・25日付で掲載)、戦後わが国の高度成長期は、国民に「格差を実感させない」ための「政策手段」を持っていた、わが国の歴史上、ある意味で特別の、恵まれた時代ではなかったかと考えている。

第1には、関税・非関税障壁に守られた右肩上がりの経済の中、所得税・相続税については(富裕層に不利な)厳しい累進税率を、さらに法人に対しても、高い法人税率を設定することができた。
しかし、今、このような政策は取り得ない。
国際化の進展などにより(中国の市場経済参入の影響が大きい)、いつまでもこのような政策を維持すれば、産業空洞化や頭脳流出がますます進展してしまう。
だから、中曽根、竹下内閣以来、消費税の導入などにより、直間比率是正などの税制改革が行われてきたわけだ。

第2には、企業の雇用慣行の中で、1940年代以降、「終身雇用・年功序列」が定着し、生産性の高い若者に安い賃金を、生活費の必要な中高年層に高い賃金を支払うことで、年代間の格差を調整できた。
しかし、バブル崩壊後の経済不況や外資系企業の参入の中、企業の雇用環境は劇的に変化、終身雇用・年功序列は完全に崩壊した。
今や、生産性の高い労働者に対しては、それなりの報酬を支払わなければ、労働契約自体が成立しない時代が到来している。

第3には、労働人口が増加する拡大社会の中で、税収は年々ふえ、そのお金を、競争力のある都市部でなく、競争力のない地方に傾斜配分(財政出動)する余裕があった。
しかし今や、税収はじり貧で国債残高もふくれあがっている。
地方交付税交付金・公共事業予算を、地方のみに傾斜配分することは、もう不可能ではないかと思われる。

このように、われわれが高度成長期に持っていた、「所得の格差」、「年代間格差」、「都市と地方の格差」を実感させないための政策手段は、いずれも、実現性の乏しいものとなってしまった。
だから、高度成長期との比較において、「格差の実感」が広がるのは、ある意味で歴史の流れとも言える。
ただ、ここで注意しなければならないのは、この状況は、「官から民へ」、「国から地方へ」という、この5年間の小泉構造改革によってもたらされたものではなく、高度成長の終焉という歴史的事実からきたものということだ。
そこをはき違えて、現在の小泉構造改革を全否定することにより、昔の夢を追い、「結果の平等」を奨励する政策体系に後戻りし、税制改悪、企業への締め付け、放漫財政の方向に舵をとってしまったら、それこそ日本は滅びてしまう。

もっとも、私は、「格差があるのは当たり前」と開き直るつもりはない。
政治家である以上、「格差」はできるだけなくしていくべきだ。
でも、これまでも述べてきたように、今や、かつての高度成長期とは異なり、「結果の平等」を実現する政策をとることは、政治として無責任のそしりを免れない。
だからこそ、「格差問題」については、従来とは別の政策体系、すなわち、「格差をなくしていこうという個々人の努力を支援し、再び挑戦する人に夢を与える」方向性を打ち出さなければならないのではないか。

私は、「再チャレンジの推進」という方向性は、このような歴史的な政策転換の中で位置づけられなければならないと考えている。
だから、議連にも積極的に参加し、今後もしっかりとした発言をしていくつもりだ。

さはさりながら、国としては、このような政策転換を行わざるを得ないとしても、先に述べたように、かつてと比べ、今、国民の間に、「格差の実感」が広がっていることは否定できないと思う。
政治家は、政策を作りあげる上でも、やはり、国民の素直な気持ちを肌で感じ取っていくことが必要だ。

この日、私が安倍官房長官に対して、「是非、地域・地方を回っていただき、直接現場の声に耳を傾けて欲しい」と申し上げたのも、このような理由による。